トニー・ブレア

スコットランドのエディンバラ生まれ。
父親レオは法廷弁護士、ダラム大学法学講師などを務め、保守党の下部機関「ダラム保守協会」の会長も務めた。
彼は、オーストラリアのアデレードやイングランドのダラムで幼年期のほとんどを過ごす。
ブレアが10歳のころ、父親レオは心臓発作で倒れてしまう。
「スコットランドのイートン校」として知られるエディンバラのフェテス・カレッジを1971年に卒業。
そこでの人間関係で、後に彼が大法官に任命することになるチャールズ・ファルコナーに出会った。
ただし、ファルコナーは、グレナールモンドのトリニティ・コレッジ出身。フェテス・カレッジは校則の厳しい学校であったが、ここでのブレアはよく規則を破る問題児であった。